多くのライターが体験している「報酬未払い」「報酬の減額」「原稿の納品拒否」。
これら行為が出版業界には常態化しています。
未払いや原稿受け取り拒否などのトラブルに合わないように、ライターとして学んでおきたいのが「下請法」です。
今回は、口約束のトラブルを防ぐ「下請法」について説明します。
「下請法」とは?
下請法とは、正式名を「下請代金支払遅延等防止法」といい、公正取引委員会と中小企業庁が連携して執行している法令です。
本来ならば、業務委託契約はクライアント側から提案すべきものです。しかし、出版業界には「業務委託契約書」という概念が悲しいほどありません。
私も編集者を長年やっていて、イラストレーター・デザイナー側から契約書を提案されることはしばしばありましたが、出版社側から契約を申し出されたことはありません。
そして、こちらからも契約書をお願いしたこともありませんでした。
もし、契約書を交わしていなくても、ライター側がきちんと仕事を納品したのに「入金されない」「契約を切られた」「納品後に値引きされた」などのトラブルにあったとき、守ってくれるのが下請法です。
「下請法」では、クライアントが仕事を発注するという優位を利用してやってはいけない行為などを定めています。
業務委託中にトラブルが起きた場合、下請法によってライターが守られる可能性があります。
「下請法」を知らないクライアントが多い
実は「下請法」を知らないクライアントはたくさんいます。
幻冬舎の箕輪編集者がフリーライターに執筆を依頼した後、ライターは数ヶ月かけて執筆した原稿を記事にならないと却下されました。
その原稿料はいまだに未払いです。
元エイベックス社員でライターのA子さん(30代)が、幻冬舎の箕輪厚介氏の依頼で執筆したエイベックス会長・松浦勝人氏(55)の自伝。約10万字に及ぶ原稿は、A子さんが「書籍のなかで離婚を公表したい」という松浦氏の意向と幻冬舎の都合に沿い、約2カ月間で書き下ろした。
文春オンライン:https://bunshun.jp/articles/-/37837
しかしながら、版元の社長である見城氏が「全然伝わってこない」「箇条書きみたいでストーリーになってない」と原稿を否定。
著者である松浦氏も「出版したくない」という理由で出版には至りませんでした。しかし、ライター側は、
幻冬舎の依頼で2カ月間以上拘束され、原稿を書き上げたからには「最低限の原稿料と必要経費の支払いはあるだろうと思っていた」という。しかし幻冬舎からは一向に労働対価についての連絡がこず、A子さんは耐えかねて箕輪氏に連絡をした。
文春オンライン:https://bunshun.jp/articles/-/37837
このように名前の知れた出版社でも「執筆依頼を受けたけれど、実際に書いたら掲載されなかった」というライターとのトラブルがあるのです。
とくに書籍では出版前や出版後に契約を交わすことが多く、執筆前に交わすことはありません。
仕事を進める場合、ライターとクライアント側で仕事内容が「請負」であるか「委託」であるか、意識の違いによって起こるものと考えられます。
書籍の場合は、ライターが長期間書籍制作のために拘束されるわけですから、それが請負報酬(成果物が納品される)である場合はきちんと双方の合意が必要だと思います。
仕事内容の認識の違いについては、「業務委託契約」のススメの記事にまとめていますので合わせて参考にしてください。
「請求書の段階で当初の代金と違った」「ページ単価を確認していなくて、入稿後に連絡がきたら安かった」など、これも『ライターあるある』です。報酬未払いやギャラの減給、掲載不可はライターの約7割が経験しています。
実はこれらは全て「下請法違反」なのです。きちんと法令を知っていれば、違法であることを提示でき、正当な報酬を得ることができます。
下請法の対象となる企業
下請法は、もともと大企業が中小企業または個人事業主などと請負契約をするときに、不当な要求をすることを禁止するために作られた法律です。
では、どのように親事業者(以下クライアント)と下請業者(以下ライター)を決めているのでしょうか。
下請法によると、親事業者の資本金が下請業社より上回っている場合に適用されます。つまり、資本金1000万円超であること、下請事業者は個人を含め資本金1000万円以下であることが条件です。
現状、親会社が資本金1000万円以下の企業では下請法が適用されません。私が未払い被害にあった雑誌制作会社は、資本金400万円だったので下請法は適用されませんでした。
クライアントの会社概要を確認をする
そこで気をつけたいのが、新規クライアントとの契約です。新しい案件が飛び込んで浮かれてしまう前にどこの誰かわからない相手と契約する場合は、必ず相手の情報を確認しましょう。多くはホームページに企業情報が掲載されています。
上記の5つは最低限チェックしておきましょう。会社の登記簿は、法務局の登記簿オンライン(発行は手数料がかかる)または法務局の出張所などで直接確認することができます。
または、【帝国データバンク】や「商工リサーチ」、【G-Searchデータベースサービス/企業情報】なども有料ですが利用可能です。ただし個人事業主が法人として立ち上げているような会社は、登録されていないことも多いです。
法人格は登記されていることが前提なので、確認するのもひとつの手でしょう。そんな面倒なことをしなくても、発注書や委託契約書をこちらから提示してみた場合のクライアント対応なども確認ポイントです。怪しい場合は潔く断ることも勇気。
また、「進行の途中で~なことがあった場合は~にしていいですか?」と質問してもいいです。このように事前にチェックすることで、後々のトラブルやリスクを軽減することができます。
「下請法」でクライアントに課せられる4つの義務
ここからは「下請法」について詳しく説明していきたいと思います。まず、クライアント側には業務委託する親会社として4つの義務が課せられます。
これら4つの義務について、それぞれ説明します。
注文書の交付
下請法3条には、以下のように記載されています。
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、直ちに、公正取引委員会規則で定めるところにより下請事業者の給付の内容、下請代金の額、支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面を下請事業者に交付しなければならない。
下請法3条より引用
仕事を発注するクライアント(親事業者)は、ライターとの取引で必ず注文書を出すよう義務付けられています。つまり「口約束での契約」は義務違反なのです。
毎回、同様の原稿量を発注する場合は、金額や内容の変更がなければ初回のみの取り交わしで原則問題ありません。メールやFAXなどでの交付も認められています。
そして、注文書には以下の項目を記入しなければいけません。
例え下請法が適用されない企業でも、トラブルを防ぐためには上記のような発注書や契約前の取り決めは行った方が安全です。
そうはいっても「注文書を送ってください。なんて言い出しにくい」というのもわかります。口契約があたり前の出版業界です。そんな場合の対処法を次の見出しでまとめました。
注文書を作成してもらえないときは?
もし相手が注文書を作成してくれない担当者だったら?
もし下請法が適用されない零細企業だったら?
まずは、仕事を承諾した上で「詳細はメールください。今出先なんで」というような形で依頼内容をメールしてもらうのがベストです。
注文書の代わりとして証拠にもなります。台割りがある場合は、それも証拠になるため支払いが終わるまではきちんと保管しておきましょう。
中にはいちいち詳細をメールに打ち込むような手間は省きたい、という担当もいるでしょう。
その場合は、内容を確認するために
を明記した確認メールをこちらから送ります。送ったことが「証拠」にもなるのです。担当者からの返信がなくても、報告・連絡・相談は、フリーライターでも怠らないようにしましょう。
大人なのになんで「言った」「言わない」で揉めちゃうの?
クライアントとしては、ライターの仕事のデキがいいか悪いかわからない状態だし、進行中にぽしゃっちゃうことだってあるからはっきり契約できない部分もあるのよね。だから、お互い解釈のすれ違いがおきやすいのよ
弁護士の先生に相談したら、請負側の弱気な部分や諦めの部分で未払いが解決しないケースが多いともいってたわ。払って欲しいなら、ガンガン訴えて行かなきゃ!ってことでした
訴えるって裁判?週刊誌に売り込むとか?
いやいやいや。裁判はいいけど。TwitterやFacebookで名指しで公表したりする悪質な行為は、逆に名誉毀損で相手から訴えられちゃうかも。それはやっちゃダメ!
だって、未払いとか腹立つジャン!
わかる!!!だからこそ、大人の対応なのよ。論より「証拠」!
納品から60日以内の支払い
下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、親事業者が下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日。次項において同じ。)から起算して、六十日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。
下請法第2条
注文書に記載される支払日は、委託した日付から60日以内であること。そして、期日内に代金を全額ライターに支払わなければいけません。
取引書類の保存
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、公正取引委員会規則で定めるところにより、下請事業者の給付、給付の受領(役務提供委託をした場合にあつては、下請事業者がした役務を提供する行為の実施)、下請代金の支払その他の事項について記載し又は記録した書類又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)を作成し、これを保存しなければならない。
下請法第5条
取り交わした注文書や納品書・請求書などの取引書類は、2年間保存することが義務づけられています。ライター側も取引書類は大切な証拠になるので、きちんと提出して保管しましょう。
支払遅延の利息
親事業者は,下請代金の支払期日までに下請代金を支払わなかつたときは,下請事業者に対し,下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は,下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日)から起算して60日を経過した日から支払をする日までの期間について,その日数に応じ,当該未払金額に公正取引委員会規則で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。
下請法第4条の2
支払遅延の場合は、60日を経過した日から日数に応じて支払遅延料支払わなければいけません。遅延利息は年率14.6%とされています。
「下請法」でクライアントが禁止されている行為
次のような行為も下請法で違反とされています。
原稿納品の拒否
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号及び第四号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。一 下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の受領を拒むこと。
下請法第四条より
問題のない原稿を勝手に取り消したり、受け取らないことです。執筆した原稿がもし掲載不可になったとしても、ライター側に(責めに記すべき)理由がない限りは、受け取りを拒否できません。
原稿料の減額
下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請代金の額を減ずること。
下請法第四条より抜粋
ライター側に責任がないのに、発注後に代金を減額すること。例えば、ページ単価8,000円といわれて書いた原稿を請求書の段階で5,000円に変更することはできません。振込手数料をライター側に負担させる、税込み価格で請求書を出させるなども違反行為です。
実は、代金の減額はライターの許可があってもできないのです。ただし、「下請事業者の責めに帰すべき理由」として、ライターが書いた原稿に「事実根拠がない」「公にできない」ような、内容に問題があったり、納期までに納品されなかった場合には減額が認められます。
支払遅延
下請代金をその支払期日の経過後なお支払わないこと。
下請法第四条より抜粋
クライアントはライターから原稿が納品されたら、60日以内に代金を支払う必要があると定められています。60日以内に支払われない場合には、60日を経過した日から年14.6%の遅延利息がかかります。
また、ライター側が請求書を提出しない場合もクライアント側が催促をして60日以内に支払うようにしなければいけません。
原稿の返品
下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付を受領した後、下請事業者にその給付に係る物を引き取らせること。
下請法第4条より抜粋
クライアントは、ライターから納品された原稿を返品することはできません。ただし、
など、返却すべき正当な理由がある場合は別です。これは納品した原稿に問題がある時点で、すぐに返品しなくてはいけません。
買いたたきをすること
下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること。
下請法第四条より
クライアントがライターに対して、著しく低い価格で原稿料を発注することをいいます。例えば、10000文字の原稿料に対して1000円などという、通常では考えられない価格をいいます。
クライアントという優位な立場を利用して、価格設定をしたり、引き下げたり、通常よりも低い額で原稿を書かせることは禁止されています。ライターもクライアントから提示された原稿料が相場と同等なのか十分調べてから原稿料に合意しましょう。
物の購入やサービスの利用の強制
下請事業者の給付の内容を均質にし又はその改善を図るため必要がある場合その他正当な理由がある場合を除き、自己の指定する物を強制して購入させ、又は役務を強制して利用させること。
下請法より
クライアントがライター側にものを購入させることは禁止されています。物品だけでなく、サービスを強制した購入させることも禁止です。
報復措置をすること
親事業者が第一号若しくは第二号に掲げる行為をしている場合若しくは第三号から前号までに掲げる行為をした場合又は親事業者について次項各号の一に該当する事実があると認められる場合に下請事業者が公正取引委員会又は中小企業庁長官に対しその事実を知らせたことを理由として、取引の数量を減じ、取引を停止し、その他不利益な取扱いをすること。
下請法より
クライアントが下請法で禁止されていることを行なったとして、ライターが公正取引委員会など申告したことを理由に取引停止などの報復を行うことです。
このような報復がおきないように申告の際には、ライター側から匿名の申し立てができるような措置も取られています。
不当なやり直し
下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の内容を変更させ、又は下請事業者の給付を受領した後に(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした後に)給付をやり直させること。(遅延利息)
下請法第四条2-4
納品した後に、発注時とは違うイメージをいってくるようなクライアントはいませんか? 発注した後に内容を変更することは禁止されています。
追加の訂正・やり直しについては、何回まで訂正が可能なのか双方の同意をとるといいでしょう。あまりにも不要な修正は追加料金を支払うなど、クライアント側に要求することもできます。
下請法違反かも?と思ったら「相談窓口」へ
今までの中で「これって下請法違反じゃないの?」という事例はありませんでしたか? 公正取引委員会のホームページでは、実際に勧告を受けた企業一覧を見ることもできます。トラブルの内容に類似するものがないか確認してみてください。
また、実際に支払い遅延や納品拒否、減額をされたという人は、下請法違反の申告をすることができます。
申告の際には「匿名希望」という項目があります。匿名希望にすることで実際に申告が受理されて、クライアント側に審査や勧告が行われてた場合でも、名前を知られることはありません。
今後の仕事に支障をきたしたくない人は「匿名性」を利用するといいでしょう。
また、下請法の違反申告をしても必ずしも公正取引委員会が調査に動いてくれるわけではありません。未払い金額や違法性の高さ、悪質性も審査の対象になるでしょう。
わたしの場合でも、例え下請法が適用されたとしても、個人のたった80万円の未払金に国が動いてくれたかは定かではありません(もちろん個人の労働対価としては非常に大きな額なので、私も諦めきれませんが客観的にそう考えるのが妥当かと)。
そんなときは、同じような未払い被害を抱えているクリエーターを探して連盟にするというのも手です。わたしの場合は未払いスタッフを連盟にすると、約1000万円弱の被害額もアップします。すると、違法性・悪質性もより強固なものになります。
まずは、自分の居住する地域の窓口に相談してみてください。
零細企業に未払いにあった場合
零細企業取引の未払いトラブルは、「未払いにあったらすぐにでもやって欲しいこと」をまとめています。まずはこちらの記事を参考にしてください。
上記3つの詳しい方法は上記事を読んでいただくとして、その後は個人で裁判の手続きをするか、もうひとつ専門家の判断を仰ぐ方法があります。
零細企業に未払いにあって下請法が適用されない!方のために「下請かけこみ寺」という相談窓口があります。これは、中小企業庁が中小企業を対象に全国に設置した窓口です。
わたしは編集費80万円の未払いについて公正取引委員会に下請法違反の申告をしましたが、制作会社の資本金が400万円ということで下請法は適用外と言われました。
しかし、こちらの駆け込み寺は親会社が中小企業で下請側が個人事業主という下請法が認められない未払いの相談にも応じてくれる窓口になっています。
下請かこけこ寺は、基本的にはトラブルの斡旋をしてくれる場所。内容を精査してもらい、弁護士に無料相談(60分)することができるわ。
少額訴訟、民事裁判、示談交渉。いずれの方法をとるにしても法的に裁判が可能か専門家の意見をあおぐことのは大事。より明確な解決の糸口も開けてくるかもしれないわ
下請法のまとめ
「無茶な依頼 しないさせない 受け入れない」。これは、令和元年度「下請取引適正化推進月間」のキャンペーン標語です。もちろん、下請法をきちんと守って取引をするクライアントもたくさんあります。しかし、ライターはクリエイティブな職業なので、加筆・修正も当然のようにあります。どの程度が納得できて、納得できないかの境界線は非常に曖昧です。お互いに信頼できるパートナーとして仕事ができるように対等な立場で仕事ができるようになるといいですね。
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